1997年秋、NECがAT互換アーキテクチャを採用した98NXを発表したのは、一つの事件だった。 10年にも渡って首位を守りつづけてきたディフェンシングチャンピオンのNECが独自路線を捨て、標準路線に乗り換えた瞬間だったからである。
NECは旧来の98も併売すると表明していたが、実際に最新CPUであるPentium2を搭載したのは企業向けMATEの一部に限られ、コンシューマ向けと位置づけられたValueStarシリーズは、MMXPentium-233MHzで打ち止めとなった。
一方、NXは最初からPentium2主体のラインナップであった。
どちらを買えと言っているかは明白である。
事実、NEC側の言い分はこうだ。
「個人ユーザーはNXを買ってほしい。企業での過去資産継承のために従来の98も併売します」
OSレベルでのサポートは継続されている。
どうやらWindows2000まではNECも開発すると明言し、事実開発した。
ただし、以降のOSについては残念ながら全くサポートは予定されておらず、またWindows2000自体も、細かなバージョンアップにどれだけついていけるかは未知数である。
事実上、怖くて使えないし、使って欲しいとも思っていないだろう。
従来の98は、従来のソフト・ハードを動かすために存続させているに過ぎず、新しい分野への展開は考慮する必要が無いと考えているからだ。
事実、仮に2,000年頃の新OSを旧98用に開発しても、開発費に見合う売り上げは見込めないだろうし、それ以降のOSでは、そのOSをサポートするだけの機能がハードウェアに備わっていない事が明白である。
既に旧98のハイエンド機は、世間一般のローエンドになっている。これでは次のOSが実用的な速度で動くことまでは期待できない。
下手に新機種を継続開発して、滅亡の日を遅らせるよりも、性能向上が見込めないことを明らかにし、ユーザーにNXへの移行を促すのが、最善手と判断したのではなかろうか。
既存ユーザーに対して、NECは9821の継続的な出荷とサポートを約束しているが、あまり過信しない方が良いだろう。
在庫処分的な販売は当面続くであろうが、NECが独自のソフト資産をNX(AT互換機)上に展開するという難行を成し得た時、旧98はその命運が尽きるのである。
実際、どんどん世代交代するCPU以外のパーツはまるで性能向上していない。
新たに供給する必要が無くなった時点で、命運尽きるのだ。
それも、そう遠くない未来の事と思われる。
何がNECを9821から98NXへと強引に移行させたのか。
93年、コンパックショックにも動じず、「速さは力」と切り返したNEC。
だが、あの頃から既にほころびは指摘されてきていた。
独自アーキテクチャによる高コスト体質。
かつては性能アップの決め手となっていたカスタムチップ群は、やがて性能向上の足を引っ張るようになった。
グラフィックチャージャー、テキストVRAM……。
そう、「速さは力」キャンペーンでは、PS/Vとのテキストスクロール速度の比較でその日本語描画機能の優位性をアピールした。
あの時、98はハードウェアで、PS/Vはソフトウェアで漢字描画を実現していた。
確かに、98の方が絶対速度は速かった。しかし、それはCPU性能が上がれば、AT互換機でも98と同等の日本語表示機能を持つに至るという事を公に示すこととなったのである。
98が速くなりすぎた時、安かろう悪かろうだったAT互換機は必要十分な日本語表示速度を得るに至った。
大手メーカーのコンシューマ市場参入により、一般ユーザーにも現実的な選択肢の一つとして提供されるに至った。
そして、Windows……。
Windowsは、高解像度をパソコンの世界にもたらした。
それは、640×400ドットのレベルにとどまっていた日本のパソコンに大打撃を与えた。
DOSレベルでの優位性は、もはや何の役にも立たない事を示した。
98は最新アクセラレータの導入等、AT互換機と同様の補強を繰り返す事で、延命を図った。
改造に次ぐ改造。部品をAT互換機と共用し、ある程度の拡張性も備えた。
そして、どうにかスピードは保った。
だが、その限界をNEC自身が悟っていたのかもしれない。
かつて、98であることが長所だった。
98でしか動かないソフト、98でしか使えない周辺機器。
Windowsは、メーカーの垣根を越えて、あらゆるメーカーのパソコンで平等にソフトが動く環境を作りあげた。
そして、差別化によって生き長らえてきた98は、いつしかAT互換機との埋められない差、「98らしさ」に苦しめられることとなった。
過去との互換性を保とうとすればするほど、性能向上が難しくなる。
過去を切り捨てることは、すなわち98であることを続ける意義を損なう事となる。
そして、NECは過去の栄光を捨てた。
98NXは、9821開発チームには極秘で開発を進められ、そして大本命として登場した。
しかし、落とし穴があったのもまた事実である……。
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