悲劇のPC98

98シリーズの歴史的失敗作

メーカーは認めないだろうが、買ってしまったユーザーにとっては悲劇的なマシン。
メーカーはこの失敗から何かしら学んだのだろうが、不幸の底に叩き落とされたユーザーへの救済などあるはずがなかった。


NEC

PC-9801U

当時はまだフロッピーに標準もヘッタクレもなく、8インチもオフコンと併用するユーザーでは常識だし、5インチ2DDと2HDも、両対応ドライブが無いため、ソフトはそれぞれのフォーマットで販売されていた時代。

そこに登場した3.5インチ2DD対応機!
Vシリーズへの過渡期に当たる先行実験的な意味合いが含まれていたと思うが、後年の扱いを考えると見事な失敗作という言葉が相応しい。

省スペース型という触れ込みで、プラズマディスプレイとセットにして移動もさせられるなんて言ってたけど、そりゃ現実的でない。

また、この機種の失敗を決定的にしたのが、互換性の問題。

PC9801E/F以降表裏2面搭載していたVRAMが、本機では初代と同様に片面しか無い。このため、多くの98ソフトが少ないメモリを増やしたり処理を高速化するために使っていた、「VRAMの裏バンクをワークエリアに使う」という手法が使えなくなり、結果的に動作しないソフトが増えてしまった。

そう、世の中がまだVM以降に染まってしまう前でも、「初代98/U2不可」と記載されて切り捨てられてしまったのだった。フロッピーディスクの互換性だけなら外付けドライブでクリアできるが、拡張不能なVRAMの制限は厳しかった。

98では主流になれなかった3.5インチ2DD(ワープロ用ね)や、付け損ねたサウンド機能とかが泣けます……。

 

 ちなみに、上の写真はそのプラズマディスプレイを付けたお姿。こんな真っ赤なディスプレイを使う人がいたんですねぇ。とはいえ、当時の東芝J3100(DynaBookのご先祖様)もプラズマ使ってました。

 TFTカラー液晶なんて物の無い当時は、明るく斜めでも見えるっていう意味で、プラズマは液晶を凌駕してた。というか、当時のモノクロ液晶は「青液晶」と呼ばれるコントラストの低い物で、エプソンが「白液晶」を世に送り出すまで、本当に写りの悪い代物だったのだ。

 プラズマはカラー化が難しいとかいろいろ問題提起されてPC用モニターからは消えたが、当時は階調表示がせいぜいで、液晶もオンオフの2値しか表示できなかったので、あまりデメリットではなかった。

 焼き付きは発生しただろうなあ……。

PC−98XA

分かって買うなら問題ないが、何も知らないユーザーに、PC9800シリーズの最上位機と思わせた初代ハイレゾマシン。
1120×750のハイレゾ画面に24ドット文字表示。

専用キーボードは配列も変わっていて、ファンクションキーも多い。
CPUは当時最新の80286−8MHz。
メモリ最大容量は何故か768KBで、実はROMアドレスとかも標準とは変わっている。

言ってみれば形や表面的な機能はPC98らしいが、実は全くの新規開発で、比類無き強力なグラフィックパソコンとして、CAD分野での活躍を期待された。

しかし、このマシンは革新的過ぎた……。
640×400のノーマル画面……というか、PC9800シリーズとグラフィックレベルの互換性を持たなかったため、グラフィック画面を使った普通の98ソフトが全く動作しなかった……。

おまけに販売台数が伸び悩んだため、ソフトのサポートも殆ど無し。

一太郎も初代こそハイレゾ対応版がリリースされたものの、Ver2からVer4まではハイレゾ版発売されず。
Ver5ではハイレゾをサポートしたが、既に286の時代は終わっており、一般ユーザー向けにXAが日の目を見ることは無かった……。

お気づきの事と思うが、PC−98xxは、PC−9801とは異なるマシンなのである。
その後、PC−98xxは9800シリーズの傍系として、その時々で線香花火のように消えて行った。

PC−98NXという名称を見たとき、「あ、互換性無いのね」と思った。そして、XAと同じようにならねばいいがと思ったのは言うまでもない。

PC−98LT

 悪夢再びである。名前を見ての通り、コレも9801との互換性が乏しい。

 初の98系ラップトップ(携帯できそう……)なパソコンであったが、残念ながら仕様が標準98とは全く異なり、テキストレベルのアプリケーションでしか互換性が無かった。
 また、当然最近のノートとは比較にならないぐらい重い。

 モノクロ2色の反射型液晶は今時の目で見ると貧相だが、当時はこれが精一杯だった。

 98ユーザーをモバイルの世界に誘ったといえば聞こえがいいが、エプソンのPC-286Lによって9800シリーズ完全互換ラップトップが現実の物となると、NECも当然9800シリーズ完全互換のLVをリリース。

 そうすると、後継機などリリースされず、駆逐されていくのである。
 (厳密には、あったけどね……)

PC−9821Cr13(Canbe Jam)

魔が差したとしか思えない大ボケマルチメディアマシン。
液晶デスクトップの先駆的マシンだったが、640×480ラインの貧相な画面スペックにコンパクトという言葉を知らないかのような黒い巨大な筐体はなぜか拡張性無し。 (PCカードスロットはあるが……)
意味もなく大きなテンキーの無いキーボードと液晶の周りの余計なスペースは何なのだろうか。
家庭向けだったらしいが、その後しばらくパソコンショップの店頭で腐って異臭を放っていた。

Windowsマシンではなく、DOS時代ならまだそのスペックも理解できようというものだが……。

このマシンを購入してしまった知人がいるが、満足度は……??
テレビ機能にビデオキャプチャーといった、目を引く機能もあり、ある意味先進的ではあるが、どうもうまく消化し切れてないような……気が……。

なお、残念ながらひっそり消滅してしまったが、「PC-9821Cr13 FAN」 なるCr13を頑なに応援するページがあった。
このような半端で救いの無いスペックのPCは嫌いだが、頑なにこのPCを使いつづけようとする人の存在は胸に留めておきたいと思った。

このPCは拡張できなかったり、スペックが低かったりするので駄目だと否定するのではなく、すべてユーザーが余計な足掻き無駄なことをしないようにという啓示であるというような、まぁ面白い考え方のページでした。

発売当時のソフトを使っている限り遅くないってねぇ……。

DOSゲーム専用機と考えるなら、良いのかな。

PC-98GS

PC-9821の基となったらしいマルチメディア機。MPC1規格準拠だが、既に世の中には486シリーズがリリースされている状況で、どう考えても386SX-20MHzなんて性能でマルチメディアを語るのは間違っていた。(^^;
実際にマルチメディアマシンとして使用するには性能が完全に不足。
また、値段が高すぎたために、実験機として終わった。

640×480モードも搭載して意欲的ではあったが、以後の9821とも完全互換ではないようで、ゲーム用に使うにも若干問題があるようだ。

EPSON

PC−286モデル1/2/3/4 (80286-10MHz)

幻となったPC−286シリーズの初期モデル。
発売されなかったという究極の失敗作。

1が標準モデル。
2が20MBのHDDモデル。
3は20MBのHDD+ストリーマ。
4は20MBのHDDを2基搭載した40MBモデル。(ミラーリング機能まではない)
そうなるはずだった……。

EPSON製のBIOSが著作権法に抵触するという事で、NECに訴えられてしまったため、急遽販売中止。
どうやらEPSONは発売直前にこの新機種をNECに持ちこみ、「どうぞ調べてください」とやったらしく、直ちにNEC製品のコード流用が見つかり、裁判沙汰となったワケだ……。

広告は打ってしまったが、発売できなくなってしまったという哀れなPC。

ただ、EPSONも万全を期してBIOSを2チーム並行開発していたため、もう一つのBIOSに差し替えて、どうにか出荷にこぎつけた。
いや、モデル0はBASIC ROMが間に合わず、これを利用したBASICのソフトは動作しないという、不完全な互換機だった……。

そんなものを市販したものだから、その後もずっと互換機の評価は高まらなかった。

個人ならともかく、ある程度予算に余裕のある法人なら、ソフトが動かないリスクのある互換機より、確実に動作する本家NECの商品(コピー商品ではないので、「本物」とは書かない)を選ぶだろう。

PC−286Note Exective (V30-10MHz)

PC−286シリーズのノート型。 何を思ったか、PCカード(JEIDA3.0規格!)オンリーという5年ほど先走った設計と、45万を越える高価格が一般受けせず、大失敗作となった。 同時期に半値のPC9801Nが出ていたので被害者はほとんどいないと思われるが、比較にならないというのが正直なところ。
恐らく、エプソンは「こんな小さなマシン、NECには作れないだろう!」というつもりで作ったのだろうが、筆者にはそれが空しく感じられる。
小さくても、普通の98ソフトが普通に動かないのでは意味が無い……。

案の定、ソフトがPCカードで供給されることも無く、終わった。

そもそも、エプソン自身が独自に業務アプリを開発・販売していなかったし、準ワークスと言えるAIソフトがそんなに規模の大きな会社ではなく、技術力もWXシリーズ以外は……だったから、期待できるはずもなかった。

PC−ONE (80286-10MHz)

プリンタと拡張性のほとんど無いラップトップを合体させたマシン。
椎名誠氏がイメージキャラクタだったと思うが、殆ど見かけなかった。
実際に売れたかどうかは疑問。少なくとも筆者は実物を見た事が無い。
多くを語りたくとも語れない、幻のマシンである。

ただ、使い捨てになる可能性が高いプリンタと、比較的寿命の長いPC本体を組み合わせようというコンセプトがそもそも間違ってるヨとか、既に32ビット時代に突入しかかっていた頃でこんなCPUスペックの低いマシン要らないヨとか、突っ込みどころ満載。

PC-286Cの方がまだ潔かった。

番外

EPSON以外、産業用コンピュータに98互換機は残っていたりするわけですが、98現役時代に98互換に挑戦し、そして消えていった幻のマシン(?)を紹介しておきます。

MZ書院(MZ-2861)

シャープも、じつはMZ末期に98互換機能を持たせたパソコンを発表していた。
が、ソフトエミュレーションで、動作させるソフトごとにエミュレータが必要だったため、一太郎・ロータス123等の有名ソフトも使える……というぐらいでしか利用価値が無かった。

本当は、もっとまともな機械になる予定だったらしいが、エプソンが訴えられた事から、本格的な互換機の発表は躊躇ったようだ。

トムキャット Virtual98

型番不明なれど、今や3モードFDDドライバぐらいでしか名前を聞かないトムキャットコンピュータが、仮想98システムを乗っけたPC98互換機(というか、AT・98両互換機)を出していた。

どちらかというと、ATに98ソフトの機能を組み込んだという代物で、ISA規格の拡張ボードを使う必要があるなど、今で言うハードウェアエミュレーションボードみたいな物だったと思われる。(筆者の調査不足で申し訳ない)

ただ、筆者も当時思ったのは、そこまで無理をするぐらいなら、パソコンを2台用意した方が良いと。

当時、高速なAT互換機で有名だったプロサイド(現HPCシステムズ)で扱っていたのも、これを組み込んだ奴のようである。

出回っていないので、互換性に関してもよく分からない。


リンク

なし

作成日:
最終更新日:2008/10/16

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